バスマ・タイムズ

140字では収まらない何かを連ねるページ

オタクが日向坂さんのライブに行った話

内容はそのままです。特に深い意味はないです。えぇ。


ということでハロオタを長いことやってきたのワイが東京ドームで行われた日向坂さんのライブに行った。(オタク特有の突然の告白)
とても感動したし、ドームにおひさまとして立てたことを今でも誇りに思っている (オタ…ファンが誇りに思うな)
ライブに行って思ったことを長々と書いても良いけど、せっかくならそれだけではなく、そこに至った経緯を冷静に分析して書きたい。
あの日から(この記事を書いている時点で約3週間…えっ3週間経ったのかウソやろ?)日数が経っているけど、まだフワフワしている。
電車オタクブログとして開設したけれども、大した記事を書いていないこのスペースを活用して。
心の整理も兼ねて。



ワイは元々オタク気質だった。
何事もハマったらそれが最後で、飽きることが基本的にない。
アイドルだけではなくて、乗り物なんかは特に熱が入っていて、珍しい電車が走るならば血眼になって撮りに行った。珍しい機体が飛んでくるならば空港に行って写真を撮った。

アイドルだけではなくて…と書いてはみたけど、アイドルも好きだった。好きというよりも精神的支えだった。特に社会人とやらになってからは。セルフ情報開示をすると、ワイは世代的にガキの頃にモーニング娘。が大流行していた。(オタク的注釈を加えると今でもグループとして活動している。)
当時、身内の付き添いでコンサートに何回も行った。今思えば、あのタイミングでアイドル (とそのオタク) に対する抗体が自分の中で出来ていったのかも知れない。

いや、よくよく考えると、幼き日からアイドルというジャンルに触れていた自分は、あの頃から既にオタクだったのかもしれない。
だから、心の中では細々とモーニング娘。を応援していた。森戸知沙希さん、辞めないで下さいワイは泣きそうです。
大人になって経済的なゆとりができてからは、モーニング娘。のライブに何回も行ったし、俗に言う遠征も沢山した。21年春の沖縄遠征が飛んで本気で泣いた。遠征のおかげで航空会社のマイルが貯まり、マイラーにも足を突っ込んだ。オタクには無縁だろうと思っていたフェスにも行った。朝一の娘。の出番に間に合わせる為に夜通し車を茨城まで走らせ、ほぼ徹夜の状態で参加したロッキン。グラスステージに立ったモーニング娘。あれは今でも夢だと思っている。おっさんにはキツいんやで?徹夜っていうのは。



話が脱線してしまったが、早い話、ワイはアイドルオタク、それもモーニング娘。(と森戸知沙希さん) が好きなハロオタとして生きてきた。乗り物オタクをやりつつ、ハロオタとしてモーニング娘。(と森戸知沙希さん) を応援しながら生きてきた。
だから俗に言う「坂道」のほう(ここではあえてこう書く)にはハマらないと思っていた。
と、思っていた…

だがしかし、ある日、ハロオタのワイは けやき坂46というグループに出会う。
ハロオタが坂道アイドルに出会い、そしてハマる。あり得ないと思っていたことが起きた。
夜勤の休憩時間、数年前の深夜1時過ぎ。あれは思いもよらぬ出会いだった。
勘の良い人なら分かるかも知れないが、日曜深夜1時。スーパーGTに始まり、乃木坂、欅坂(現 櫻坂)、けやき坂(現 日向坂)…と深夜番組が続けて放映されている時間帯だった。
その最後の時間、深夜1時過ぎにやっていた番組が 「ひらがな推し」 というけやき坂の冠番組だった。
その日はたまたま日曜日から月曜日にかけて夜勤だった。たまたまテレ東を見ていた。運命だったのかも知れない。

これは今でも鮮明に覚えているのだが、クリスマスシーズンだったのでクリスマスっぽい企画をやっていた。メンバーがクリスマスっぽい衣装を着ていた。その当時は全くそちら(坂道)側についての知識が皆無で「おっ?アイドルが沢山おるな…なんだこのハロモニみたいな番組は!」という程度の認識で、よしじゃあこの娘を推そう…という感情ではなく、この番組は面白いなぁみんな一所懸命にやってるなぁ…という感じで、ご飯を食べながら見ていた。あくまでも流し見る程度に。でもオタク気質なワイくんは「なるほど…今のアイドルはこういう番組をやっているのか…気になるなぁ…」というお気持ちになった。

オタクは気になると何事も調べることから始めるので、夜勤から帰ってからけやき坂46さんのことについて調べた。
オタクの分岐点として 「気になって調べる」 という出来事がある。ふと目に入った情報を「ふーん」と流して終わるか、それとも「気になって調べる」か。その時は“後者”だった。
けやき坂46さんはワイが想像していた生い立ちとは違った。詳しくは割愛するけど(大切な所を割愛するな)そこに惹かれた。語彙力がないから説明出来ないけど、とにかく惹かれた。でも語彙力が無いので上手く説明できない。



ハロオタとして坂道の皆さまが羨ましいのは冠番組があることだ。アイドルの本業は歌って踊ることだと思う。特にハロオタ“しか”やっていなかった当時の僕はそれが当たり前だと思っていた。ハローの全盛期にはハロモニもあったけど。まあまあそれは置いといて…
けれども、僕がその日…いや、その日から毎週日曜深夜に見た光景は良い意味で違った。
バラエティー番組で一生懸命一所懸命に頑張っているアイドルの姿がそこにあった。
某私鉄沿線に住んでいたワイは、某私鉄沿線を熱心に?プレゼンするメンバーを見て笑った。二俣川には免許センターがあります。よろしくどうぞ。


また話が脱線してしまった。
ハロオタの特性として、アイドルグループを見るときにパフォーマンスを気にする側面があると思う。歌にしろダンスにしろ、そっちから“ハマる”ことが多いと思う。
でも今回は違った。
何故だか分からない。けれども、頑張っている姿に惹かれた。冠番組で見せて下さる姿とライブで見せて下さる姿とのギャップ。かっこいい。
その瞬間、自分の中に1つの答えが出てきた。
「ああ、自分は頑張っているアイドルが好きなんだなぁ」
と。
おじさんになると若い子の「一所懸命」や「一生懸命」に弱くなる。ごめんね…6歳の息子がいるから…
それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。ただ、職場の部下にしろアイドルにしろ(部下とアイドルを同じ土俵で語るな)、必死にやっている姿を見ると少しでも報われて欲しいと思うし、出来る範囲でサポートしてあげたいと思う。時には逆にこちらが元気や勇気をもらう時もある。

だからその延長線上でワイは、番組で頑張っているメンバーの姿を見て、夜勤の休憩時間に元気や勇気をもらっていたのだと思う。
気づけば毎週欠かさずに番組を見るようになっていた。CDも買った。でも恥ずかしいし、ワイと面と向かってお話して頂くのは申し訳ないので握手会には行ったことはないし、ミーグリも緊張して画面を割ってしまいそうなので、まだ参加したことがない。ちなみに娘。の盛りだくさん会も行ったこともない。嘘です。何回か行きました。でもなんだか自分には合わない気がした。ワイはライブに行くのが好きなのかも知れない。現場主義のオタクだ。
それはそうと、気づけば知らない間に坂道オタクになっていた。
あり得ないと思っていたことが起きた。



なぜハロオタのワイが日向坂にハマったのか。
分からない。
日向坂は他の坂道グループと違って「全員選抜制」になっている。これも大きな要因だと思う。22人のメンバーが“全員”が1人も欠けることなく、楽曲に参加している。

ここはハロプロに近い…というか同じだと思っている。だから穏やかなお気持ちで応援できる。
もちろん、踊る時の立ち位置的な物もあって前列、中列、後列…と分かれている。これはハロプロで例えると歌割りに近いのかな?とは思う。
けれども、あくまでも“全員参加”だ。
これは「坂道=選抜制」だと思っていたワイには意外だった。
そして何よりもこれは繰り返しになるけれども、みんな一生懸命一所懸命にやっている。歌が得意なメンバーもいれば、ダンスが得意なメンバー、バラエティーが得意なメンバーもいる。みんなが得意なことを懸命にやって1つのグループを作っている。
前にも書いたが、おじさんは若い子の一所懸命や一生懸命に弱い。
ダメだよあんな(頑張っている)姿見せちゃ…


まあそれはともかく、夜勤の休憩時間にワイは運命的な出会いを果たし、そこからメンバーの皆さまも、そしてオタ…ファンのワイも紆余曲折の日々が続き( 詳しくは3年目のデビューっていうドキュメンタリーを見て下さいワイは5回見て5回泣きました)、そして2022年3月30日を迎えた。



待ちに待った東京ドーム当日。

日向坂が東京ドームにやってくるまで沢山の出来事があった。延期もあった。開催が決まってからも悔しいこともあった。メンバーも、そして我々オタ…ファンも。ただひたすらに前だけを見て生きてきた。ワイは常に前だけを見ていたい。

実はひな誕祭の日時と会場は、去年のひなくり2日目で発表された。
ワイは1日目だけ参戦し、2日目はどうしても穴を開けられない仕事があったので仕事をしていた。というかそもそもチケットがご用意されなかった()
12月25日の20時過ぎ、友人からLINEがきた。
「東京ドーム」 とだけ書かれたLINE。ワイは理解ができなかった。彼は常日頃からぶっ飛んだLINEを送ってくることが多い。巨人戦でも見に行くんか?くらいの気持ちだった。
が、しかしその直後、仕事が終わって開いたTwitterを見て飛び込んできた文字が「日向坂 東京ドーム」 だった。
泣いた。職場のロッカーで泣いた。なぜだろう。泣いた。帰りの電車の中でも溢れてくる涙を必死に我慢した。

もちろん、大きな会場でライブをすることだけが目標ではないと思う。そこがゴールでもない。
けれども、延期を経て決まった東京ドーム。
そこにはゴールとは違った重さがあったと思う。
そんなことを考えながらワイはまた家に帰ってからも泣いた。泣きながら寝た。




迎えた東京ドーム当日、ワイは朝からソワソワしていた。何故だろう。緊張もしていた。ライブ前のルーティーンなシャワーを浴び身も心も整えてドームへ向かった。当日は晴れていた。ワイの心も同じく、晴れていた。

ここから先はオタク特有の高まりにより記憶が断片的だし、1日目の出来事なのか2日目の出来事なのか記憶が曖昧だし、何よりも文章が雑だ。許して欲しい。


開演。初っぱなの映像で泣く。あれはズルい。泣いた。当日?の映像が組み込まれていたけれども、ギリギリまで編集して下さっていたのだろうか。
お休みをしていた小坂菜緒さんがステージに現れた。小坂菜緒さんは本当に実在した。会場に響き渡る地響きの様なスティックバルーンの音。泣いた。
その直後、予想外の曲が始まった。おいおい初日の初っぱなにそう来るか?ピンク色に染まる東京ドーム。また泣く。泣いた。

それ以降の記憶がない。いや、ある。
虹を掛けるあの曲の前に流れた映像。
メンバーの声でナレーションが流れ、先の見えない状況ですがもう少しです。あと少し頑張りましょう。今まで待っていてくれてありがとう…という趣旨のナレーション(オタク特有の断片的な記憶)。ワイはいつまでも待ちます。
それとその映像の最後がドローンの空撮?で春っぽい晴れ空に包まれた東京ドームを見下ろして終わった(はず)のですが、あの映像を見て以来、ワイは春の空が大好きになった。
それから曲が始まり、綺麗な虹が掛かった東京ドーム。あれは死ぬ前に見る光景かと思った。
半分の記憶を披露したのは1日目でしたっけ?
曲が始まる前の演出が懐かしさと成長を感じてしまった。また泣いた。

本当に思い出したらキリがない。
あの日は起きてから寝るまで、全ての出来事が夢だったと今でも思っている。
あっ…セトリとかはどこかにまとめられていると思うので、そちらを見て下さい(他力本願)

何はともあれ、良かった。本当に良かった。
グループとしては長年の目標であった東京ドーム公演だったけれども、決してそれはゴールではない。新たなスタートだと実感した1日だった。

ゴールではない。でも確実に、確実に新たなスタートを切った。この日に。

だからワイはこれからも日向坂46というグループと共に成長して(オタクが成長をするな)共に生きていきたい。

ワイがあの日あの夜、テレ東を見なければ…
ワイがあの日あの夜、がな推しを見なかったら…
ワイはあの日、東京ドームに立って(オタク側に“立つ”という表現を使うな)
ワイはあの日、誰よりも泣いて
ワイはあの日、誰よりも生きていて良かったと思い
ワイはあの日、これからも日向坂46と共に生きていこうと思わなかったかも知れない。


そう思うと、偶然っていうのはすごいなぁ…と思った。
語彙力が無いので上手くまとめられません。
お許しを。


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という日記的文章を4月頭に書いた。
北海道に行く用事があって、その機内で書いた。やることがなかったので。
細かい日時なんかはブログに上げるにあたって修正はした。
書くだけ書いて気が向いたら上げようと思っていた。

4月頭に書いてから今日まで、また色々あった。
でもワイはその可能性を信じているし、応援したい。

メンバーの皆さんが頑張っているのに、オタクのワイがメソメソしていても仕方がない。



オタクだ。前だけを見て生きろ。

オタクだ。未来だけを見て生きろ。

大丈夫、いつだって未来は味方だ。